
【鼎談】職人の生活を守りながら伝統工芸を世界に広めるためには
CRAFT TALESではミャオ族の銀職人集団「瑞銀鳥」と提携し、シルバーアクセサリーの制作・販売を行っています。
本対談の後編では「瑞銀鳥」創設者の張暁氏に加え、中国をはじめ世界各地で数多くの建築を手掛けてきた著名な建築家である迫慶一郎氏も加わり、伝統工芸を受け継いできた職人をどう守りながらこれを広げるかについてディスカッションしました。
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■伝承と伝統
しゅー:迫慶一郎さんは今回貴州省を初めて訪問されたのですね。
迫慶一郎:2004年に北京で建築設計事務所を設立し、今年で22年になります。この間、中国各地に足を運んできましたが、貴州省を訪れるのは今回が初めてです。今日、ようやくこの地を訪れることができ、とてもうれしく思っています。
張:ようこそおいでくださいました。何年も前から、多くの日本の方々が貴州を訪れるようになりました。
特に貴州省雷山県は、ミャオ族文化の中心地の一つとして知られており、訪れる日本の方の中には、「貴州のミャオ族と日本文化には、何か共通するルーツやつながりがあるのではないか」と考える方も少なくありません。
例えば、ミャオ語のイントネーションや音の響きが、日本語とどこか似ていると感じる方もいるようです。
迫:銀の装飾品や無形文化財といった言葉から、貴州省にはどこか神秘的なイメージを抱いていました。そうした期待を胸に、今回この地を訪れました。

迫:先ほど初めて瑞銀鳥の店舗を訪れ、銀細工やアクセサリーを拝見したのですが、よい意味で想像を裏切られました。古くから受け継がれてきた意匠を思い描いていたところ、現代的な感覚を取り入れたものもあり、デザインの幅の広さがとても印象に残りました。
伝統的な意匠を受け継ぐうえで、特に大切にされていることは何でしょうか。また、それを現代のデザインへと展開していくうえで、これからどのような表現に挑戦したいとお考えなのか、ぜひ伺いたいです。
張:中国には「守正創新(しゅせいそうしん)」という言葉があります。守るべきものはしっかり守りながら、新しいものを生み出していく、という考え方です。
私たちにとって「守るべきもの」とは、先祖から受け継いできた技術や文化です。それは私たちの中に深く根付いているものであり、簡単に変えてはいけない大切なものだと思っています。
では、「創新」、つまりイノベーションとは何か。それは、今の市場と結びつけること、そして世界とつながっていくことだと考えています。
しゅー:ミャオ族は文字の代わりに紋様でメッセージや物語を後世に伝えてきた人々ですよね。瑞銀鳥ではミャオ族の紋様をデジタル資産としてデータベース化し、商品開発の際に取り出して活用していると伺いました。
張:はい。世界の人々が今どのようなものを好み、どのようなデザインや価値を求めているのか。そうしたニーズを理解した上で、私たちが受け継いできた技術や文化を土台にしながら、そこから新しい商品を生み出していくことが肝要です。
つまり、自分たちの文化を変えて相手に合わせるのではなく、私たち自身の文化や技術をベースにしながら、世界の人々にも共感してもらえる要素を取り入れ、新しい形へと発展させていくということです。

張:私たちは若いチームで、情熱があり、新しいことを学ぶ力にも恵まれていると思っています。そのため、中国国内だけでなく、世界各地を訪れながら学び、そこで出会った美しいものや優れた文化、デザインを自分たちの目で見ることを心がけています。
そうした新しい発見や感覚を、私たち自身の伝統的な文化や暮らしの中に取り入れ、新しい形へとつなげていきたい。
そして、良い商品ができたら実際に市場に出して反応を見ながらテストし、その結果をもとに、商品のデザインや形をさらに磨いていきます。同時に、商品を通してどのような思想や文化を伝えていくのか、その表現の仕方についても、少しずつ深めていきたいと考えています。

張:良い商品というのは、単にデザインが美しいだけではなく、その背景にどんなストーリーがあるのかが、より重要だと思っています。
迫:「伝承」と「伝統」ですね。
私なりに捉えるなら、古くからの技や意匠を大切に受け継いでいくのが「伝承」。そして、受け継いだものの核を守りながら、時代に合わせて新しい表現を生み出していく。その積み重ねによって「伝統」が育まれていくのだと思います。これは、日本にも中国にも通じることではないでしょうか。
もう一つ、実際に作品を拝見して強く心に残ったのが、その精巧さです。細部にまで丁寧な仕事が施されていて、思わず見入ってしまいました。この繊細な表現が、どのような技術や工程によって生まれるのか、ぜひ制作の現場でも拝見したいと思いました。
例えば、製品のそばに拡大鏡が置かれていたら、肉眼では気づきにくい細部まで楽しめますよね。そうすると、身に着けたときの美しさに加えて、それを支える技のすばらしさも、より実感できるのではないでしょうか。
張:お気付きの点をお知らせいただきありがとうございます。
■瑞銀鳥を生み出すまで

しゅー:張さんはいかにして巨大な職人集団であり企業である瑞銀鳥を創設するに至ったのでしょうか?
張:長い時間がかかりました。最初は私の純粋な「銀細工が好き、この仕事に携わりたい」という気持ちから始まりました。
しゅー:「個」の職人であればそうしたきっかけから槌を振るう方も少なくないでしょうね。
張:ただ、私はこの銀細工を「ブランド」にまで広げたかった。
そして事業を続けていく中で、良いブランドをつくるためにはいくつかの大切な条件があることに気づきました。
まず一つ目は、商品を見たときに「このブランドの商品だ」と分かるような、独自の個性や特徴、差別化要素があることです。
そして二つ目は、ものづくりの品質です。職人の技術や仕上がりについて、市場の平均的な水準を上回る高い基準を持たなければならないと考えました。
そこで、独自性のあるデザイン、そして高い技術と品質を実現できる生産チームをつくることから始めました。
私たちは貴州で著名な職人の先生を訪ねました。その中に、先ほどお話しした二人の師匠もいて、このご縁をきっかけに、国家級無形文化遺産の伝承者であるお二人と出会うことができました。
良いブランドというのは、単に商品が精巧で美しいだけではなく、そこに明確な使命やブランドならではの物語があることが大切だと考えています。

張:私たちが掲げたのは、ミャオ族の銀細工を中国国内だけにとどめず、海外へ、そして世界へ広げていくことです。
こうした私たちの思いや使命に、先生方も共感してくださいました。そして先生方の呼びかけのもと、少しずつ職人たちが集まり、最初のものづくりの体制が形になっていきました。
私たちは、まず統一した基準で研修を行い、その後、同じ基準で技術や品質のチェックを行っています。そして、その審査に合格した職人だけが、実際の製品づくりに携わることができます。
しゅー:日本の伝統的な職人たちは、ひとつの集団として見たときには実際には規模が小さく、人数も少ないことが多いです。

しゅー:瑞銀鳥のようにこれほど多くの師匠や職人が集まり大規模な組織となって、標準化された生産プロセスを築くということは、日本ではなかなかありません。
また、職人が一人前になるまでには非常に長い時間が掛かることは言うまでもありません。自分が作ったものが商品として売れるようになるまで彼らの生活の問題、つまり収入面の問題を解決する必要があります。
日本ではかつて旦那衆と呼ばれる人々がこれを担ってきましたが、現代においては副業やアルバイトをしながら職人をなんとか続けている…という人も少なくありません。
貴社がこのようなモデルを確立できたことは、本当に素晴らしいことだと感じています。
※日本国内の職人問題についての対談記事はこちらから
■コロナ禍を従業員と共に乗り越えた
しゅー:皆様は先のコロナ禍、パンデミックをどのように乗り越えたのでしょうか?
張:今でもよく覚えています。2020年1月27日頃、新型コロナの感染拡大が本格化し、私たちの店舗はすべて営業を停止しました。販売チャネルも止まり、物流も滞り、最終的には生産そのものも止めざるを得ない状況になりました。
そのとき改めて感じました。事業というのは、単にビジネスをするということだけではなく、そこには責任があり、また従業員たちの思いを背負っているのだと。
職人・スタッフの皆さんは、私たちの会社と一緒に歩むことを選んでくれました。私たちがゼロからスタートし、ここまで一定の規模に成長することができたのも、すべて皆の努力と長年にわたる支えがあったからこそです。
だからこそコロナ禍当時、私たちは彼らを支え続けることを決めました。仕事が途切れないようにし、会社という支えがあることで、コロナ禍の中でも生活の糧を失わずに済むようにしたかったのです。

しゅー:当時の皆様の踏ん張りがあったからこそ、私たちが今日訪れた店舗の盛況ぶりがあるのですね。
瑞銀鳥の将来の発展についてどうお考えでしょうか。
張:私たちは今、貴州にしっかりと根を張りながら、そこから世界へ花を咲かせていきたいと考えています。
そして、より多くの人々、より多くの国の方々に、私たちの美意識や、東洋の職人精神を知っていただきたいと思っています。
■瑞銀鳥の将来の展望

迫:素材についても伺いたいと思います。先ほど店舗で、銀や朱砂を使った製品を拝見しました。
この二つの素材は、瑞銀鳥のものづくりにおいて、それぞれどのように位置づけられているのでしょうか。また、今後、ほかの素材を取り入れた製品づくりもお考えでしょうか。
※注:朱砂…日本では「辰砂(しんしゃ)」の名で知られる鉱物。鮮やかな朱色が特徴的で、装飾品やパワーストーンとして古くから愛されてきた
張:銀製品は、私たちがこれまでずっと大切に守り続けてきた事業です。
当社では銀製品を私たちの事業全体を構成する重要な柱としつつ、文創商品やお土産、ギフト商品などへ横展開をすすめています。
今後は、市場の変化を見ながら、どのような商品が求められているのかを考え、必要に応じて新しい分野や商品も積極的に開発していきたいと思っています。
ただ、どれだけ事業が広がっても、銀細工という無形文化遺産の技術を受け継ぎ、さらに発展させていくことは、これからも変わらない私たちの中心的な使命です。
そして、その技術と文化をより大きく育て、中国国内だけでなく、世界へと広げていきたいと考えています。

張:我々友人同士がこれから一緒に東洋文化の魅力をより多くの方に伝えていけたらと思います。ミャオ族の文化が日本でもしっかりと根付き、花開いていくことを願っています。
しゅー:ミャオ族は銀を財産として身につけ、旅をしてきた人々です。ミャオ族のシルバーアクセサリーが、海を越えて日本へ旅をするのは素晴らしいことです。
張:日本も同じアジア文化圏にあり、中国とは古くから深い交流とつながりがあります。例えば、中国には徐福が日本へ渡ったという伝説もありますし、その後、隋や唐の時代になると、両国の人的・文化的交流はさらに活発になりました。特に唐から宋にかけては、文化や制度、建築、宗教など、さまざまな分野で交流が深まっていきました。
現在の京都を見ても、街づくりや寺院建築、伝統文化の中に、中国古代文化の影響を感じさせるものが数多く残っています。
しゅー:中国と日本は文化的にも近く、長い交流の歴史があります。
張:そうした背景があるからこそ、中国の商品、とりわけ文化的な価値を持つ商品は、日本の消費者にも受け入れていただける可能性があると思います。
日本は経済的に成熟した市場であると同時に、観光資源が非常に豊富な国でもあります。日本国内の消費者だけでなく、世界各国から多くの観光客が訪れています。そうした環境は、私たちが日本でブランドを育て、市場を築いていく上でも、非常に良い基盤になると考えています。ですから、私は日本市場の可能性を非常に高く評価しています。
また、日本は職人精神を非常に大切にしています。中国も同じように、ものづくりの技術や職人の精神を大切にしてきた国です。そういう意味では、中国と日本には非常に共通する部分が多く、職人文化に対する価値観も高いレベルで重なっていると感じています。
日本では銀瓶や鉄瓶がとても有名ですが、中国にも優れた銀瓶の文化があります。こうした点も、私たち中国と日本の文化に共通する部分だと思います。

張:私自身東京、大阪、京都など日本各地を訪れて市場を見てきましたが、銀製のアクセサリーは日本でも非常に人気が高いと感じました。
私たちの商品や、職人たちが心を込めて作り上げた美しいアクセサリーや銀器を、ぜひ日本市場でも多くの方に知っていただき、その魅力を広く伝えていきたいです。
迫:今後お互いの強みを活かしながら、協働できることを楽しみにしています。
しゅー:ぜひ一緒にやりましょう。
張:一緒に頑張りましょう。





