経済産業省の官僚として地域と産業を巡ってきた岸本吉生氏。職人の手しごとを発信するECサイトCRAFT-TALES.comのしゅーによる伝統工芸産業についてインタビューをしました。「商人」「職人」「顧客」「場所」の視点から課題解決のヒントを探ります。
第1回では伝統工芸品を販売する売り手、「商人(あきんど)」をテーマにお話を聞きました。

第2回対談

第3回対談

第4回対談

しゅー:岸本さんが振興に携わっている輪島塗についてお伺いします。輪島市は2024年元旦の震災で大きな被害を受けました。

岸本吉生:震災から二年が経過しました。復興に向けて懸命の努力がされています。輪島塗に携わる人数は地震前の1,000人から減りました。輪島塗の売上規模から推計すると、一人当たりの年収は200万円以下にもなる厳しい状況です。職人の皆さんに十分な時給がある形に戻るためになにができるかを考えています。

しゅー:どのようにすれば良いのでしょうか。

岸本吉生:ひとつは、一点30万円から300万円といった高価格の商品を販売の主力にすることです。もうひとつは、売れてから作る受注生産の普及です。トヨタの自動車は売れてから作っています。納車まで半年かかることもあります。注文をいただいてから制作する仕組み、テイラーメードを思案しています。

しゅー:「高価格の商材」「注文生産」ですね。蒔絵や沈金といった技術に高額を出せる人を探すとなるとやはり富裕層でしょうか。

岸本吉生:高価格になるのは、丹精を込めることへの対価だと思います。その商品がほしいから300万円でも買うのです。「いま2ミリ角であるものを0.5ミリ角で作る」となれば高い技術と手間が必要でしょうが、その手間だけの価値がある保証はありません。高額商品の価値は美意識に訴えるものだと思っています。

しゅー:永六輔氏の商人(岩波新書)という本があります。『お客は欲しいと思ったら負け。その値段で買う』というエピソードがあります。そういう気持ちをどう醸成すればよいのでしょうか。

岸本吉生:何回も何回も。お客様にただただ見てもらうことが大切だと思います。一回見ただけで、多くの品の中からどれをいくらで買えばよいかはわかりません。価格の相場もわかりません。何度も見ているうちに「やっぱりあれを買いたい」となるのではないでしょうか。

しゅー:輪島に何度も足を運ぶ必要があるのでしょうか。

岸本吉生:輪島である必要はありません。かつては全国の百貨店がそういう場所でした。百貨店はものを見て、何回も見て、買いに行く場所でした。呉服屋さんも同じです。女性が店を訪れて「いろいろ見せて」と言って、店側は「これ人気がありますのでお早めに」と答える。そして2週間後に行ったら「ごめんなさい、売れちゃいました」と言う(笑)。
いまでは高級百貨店を訪れても良い漆器は少ししか置いてありません。すぐ売れるものが中心です。良い工芸品に出会う場所を探すのに苦労しています。

※商業高校でマーケティングを教える岸本氏

しゅー:「良いもの」と「売れるもの」の違いはなんでしょうか。

岸本吉生:良いものは「高い値段を出してでもほしいもの。長く使いたいもの」です。売れるものは「売れれば売れるほど利益が上がるもの」です。

しゅー:かつて百貨店には「良いもの」を置いてお客様を待つ雰囲気があったのですね。

岸本吉生:お客さんが何に喜ぶか。百貨店は見て回る時間が楽しい場所でした。ボーナスが出たらあの食器セット買いたいね、あのベッドも買いたいね(笑)。売ることは結果でした。ウインドウショッピングに来たお客さんに楽しんで帰ってもらう。そういう過程がないと高いものはなかなか売れません。呉服屋や住宅展示場、自動車のディーラーもそうです。飲み物やお土産を出してにこやかに対応してくれるる。いつか買ってくれるのはそうした積重ねの結果です。

しゅー:伝統工芸の商人に求められるのは場を提供することなのですね。

岸本吉生:場を提供すると売れない時間の人件費が空回りします。だから難しい。かつては訪問販売という方法がありました。いまはどうでしょうか。工夫が必要なのです。

しゅー:大阪万博で輪島塗の「夜の地球」という巨大な輪島塗の地球儀が展示されています。世界中の人がその素晴らしさに感嘆しています。そういう経験はきっかけになるでしょうか。ほしいと思うきっかけはどこにあるのでしょうか。

岸本吉生:一点製作ができる強みを生かした商材を作って、観ていただくことです。美意識と五感、価値観に訴えることだと思います。ファミリー・ヒストリーやアイデンティティとの縁も大切だと思います。日本人の私が中国の広東省でデザインされた衣服を着ても場所への共感は生まれませんが、私の祖父が広東省出身だったら共感すると思います。顧客に訴える要素はたくさんあります。生まれた場所や誕生日。思い出深いできごともそうです。自分が午年であれば馬がデザインされた商品は気になります。ファイナルファンタジーに惹かれるお客様もいるでしょう。実用性と価格だけで選ぶとは限りません。先ほど述べた「注文が入ってから作る」という点にもつながります。お客様に意匠を指定いただいてから制作するのです。

しゅー:「商品」と「工芸品」は明確に違うのですね。次回は工芸品を作る「職人」の視点からお話を伺います。

第2回対談